2009年01月23日

ブルジョワーズ・ポット

  
我が家には昔からポットがない。水を注いでスイッチを押せば見る見るうちに内部が発熱し、熱々のお湯を僕らに与えてくれるあのポット。

なので我が家ではコーヒー一杯を飲むにもまず鍋に水を入れるところからスタートする。そしてコンロを点火。しばらくその場でボーっとしていると頭上に設置された自動換気扇が「ヒュヒッシュボォォォォォ」と起動し、空気中の余分な気体を吸い込んでくれるのだけど、こいつは僕が台所に近づいただけで「おめーくせえんだよ!」とでも言わんばかりに起動する。死ね。

で、ポットがない。なぜ僕の家にはポットがないのか。幼い頃それが不思議でならなかった。友達の家には必ず常備されているのにウチに無いのは、なぜ。

僕は小さいころ住んでいた家というのがそれはそれはもう廃墟めいた建築物で、なんかもう薄汚いだとかネズミとか出そうだよねとかそんなレベルではなくて、実際に薄汚いネズミがむちゃくちゃ幅を利かせていた。大好きなチョコボールなんて一日放置してるだけで量産型エヴァに食い散らかされた弐号機みたいになるような、そのぐらいスラムじみた環境と化していた。

そこでふと思った。「ウチは貧乏だからポットがないんだ」と。なぜなら小綺麗なマンションに住んでいる友達や、狂ったように小遣いを与えてくる金持ちな祖父母の家にはポットが常備されている。そしてリアルネズミーランドの我が家には、ない。

こりゃ決まりだなと。ブルジョワの基準はポットなんだなと。齢にして満8歳の少年は気付いたわけ。

「じゃあポットさえありゃセレブの仲間入りじゃん!」

そんな感じのことを思った僕はありったけの銭を握りしめ、ビクビクしながらホームセンターへの侵入を試みた。けれど8歳の財力というのはあまりにもちっぽけなもので、一ヶ月に二百円の給付だとかの超絶不況な状況下ではどうすることもできなかった。祖父母にもらった小遣いすら兄に根こそぎ強奪されていた少年には手も足も出なかった。


そんな中、我が家に引けを取らないほどのスーパー貧乏家庭に育つ大谷君という友達がいた。あまりに貧乏だった彼は決して友人を自宅内に招き入れようとはせず、「お前んち行っていい?」と尋ねると烈火の如くNOを主張する、そんなタイプの人間だった。

しかしとある日、そんな彼からOKが出た。「お前ならいいよ」というような、厳密に言うと「(貧乏な)お前ならいいよ」というような、プアとプアとの信頼レベルが頂点に達したのだなと、そう確信した瞬間であった。


ピンポーン

友「入っていいよー」

僕「おじゃましまーす!」

友母「いらっしゃい、外寒かったでしょ?ココア入れてあげるね」ゴポポポポポ


玄関を抜け挨拶をしたその刹那、視界に飛び込んできたのは友達の母がココアを精製する現場。そこに使用されていたものは、僕がこの手に掴めなかった"ポット"という名の文明機器。

めまいがした。自分と同じくらい貧乏であるはずの、ううん、本当は心の中で「まあこいつよりはウチのほうが金あるな」ぐらい思ってた大谷宅にあのポットがあるなんて。しかもココア。うちにはそんな桁違いの糖分が含まれたおもてなしなんて、できない。

完敗、そして裏切り。僕は一瞬にして暗黒面(ダークサイド)に堕ちた。暗黒面に堕ちた僕は大谷君の家でひたすら漫画を読むという悪行に走り、挙げ句読み終えた漫画を本棚に戻す際は巻数をバラバラにしてやった。ココアはおかわりまで催促してやった。

幼くして黒き復讐に燃える少年は心に誓う。

「大きくなったら絶対にポットを買ってやる」

と。


あれから十数年の歳月が流れ、僕は文字通り大きくなった。体のあちこちに発毛現象も起こった。さらに現在では我が家もネズミ天国から小綺麗なマンションへとクラスチェンジを果たしている。今ならポット程度、もはやタダ同然の買い物と言っても過言ではない。過言だ。

思い立ったら吉日、即座にポットを鬼購入した僕は「おめーくせえつってんだろ!」と言わんばかりに激怒する自動換気扇を無視しながら台所にてコーヒーを作ることに。

時は満ちた。今こそジャストナウ、指先一つで目の前のマグカップに熱々のお湯が注がれるのである。いや、今日は特別な日、コーヒーなんてケチっぽいものはやめてカップ焼きそばUFOに変更だ。すごい、すごいぞ。なんという夢が広がりんぐ。

大谷よ、見ているか。僕はお前と同じレベルに達したんだ。いいや、お前を超えた。なぜならこの前近くのコンビニで典型的なDQNと化しているのお前を見かけたからだ。それに比べて僕なんて引きニートだぜ!あのね、レベルがどうのとかそういう話はよくないよ。サイテー。

僕はゆっくりと、そしてケンシロウよりも的確に、『給水』と記されたボタンを押した。Yes,we can.


ゴポポポポポポ


湯気を漂わせながら容器を満たしてゆく熱湯。ああ、これだ、これだよ。これこそが幼かったあの日、血の涙が出るほどの悔しさを堪え、耐えぬき、そしてようやく手にしたマイドリーム。もっと、もっとだ。もっとその高貴な音を聞かせてくれ。気品溢れるゴポポポを与えてくれ。この音が何度でも俺を蘇らせる。


ゴポポポポポポッポッポポ、シュブブバベベベベベッ


本当はね、注いでる途中で気付いてたんだ。当初はコーヒー作るつもりだったから全然お湯が足りないってことにさ。

慌てて鍋に水を入れてコンロの火にかけるその無様な姿といったら涙無しには語れず、甚大なタイムラグが発生し、結局のところ目の前に出来上がったのは硬い麺と伸びた麺が混在するUF0。いやー小さい頃からこれが食いたかったんだよね。夢が叶って良かったわ。


 
posted by 和 at 00:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
朝から噴いたwwwww
Posted by |〒| at 2009年02月10日 06:43
>>|〒|さん

まさかコメントが付くとは思わずこの日記を書いてから全くブログをチェックしてませんでしたフヒヒスイマセン!
それはそうと「Posted by |〒|」というのが何ともニヤリとしてしまいます
Posted by 和 at 2009年02月18日 03:59
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